離婚をする夫婦に未成年の子どもがいる場合、親のどちらか一方を親権者に指定しなければなりません。どちらの親も親権を主張して譲らない場合、通常、離婚の裁判で決めることになります。
親権者の指定について争われる場合、「母親が有利というのは本当ですか?」との質問を受けることがあります。
私はこのようなご質問を受けた場合、「母親というだけで有利ということはありませんが、母親が親権者に指定されることが多いと思います。」とお答えしています。じゃあ結局、母親が有利なのか?この謎を解くためには親権者の指定に関する判断基準を知っておく必要があります。
親権者の指定が争われた場合、裁判所はどういう基準を用いて判断を下すのでしょうか?その基準は、「子の利益」だと言われています。子の利益の中で一番重要なのは、子どもが精神的・肉体的に問題なく成長できることです。どちらの親と一緒に暮らした方がすくすく成長できるのか?そのことを諸事情を総合考慮して判断します。こうして諸事情を考えてケースバイケースで判断することになるのですが、諸事情の中でも特に道しるべとなる事情がいくつかあると言われています。
そのひとつが、「母親優先の原則」と言われてきたものです。
これは、特に乳幼児については、母親の存在が不可欠であるとして母親を親権者に指定するべきという考えです。これが本当だとすれば、父親が親権者に指定されることはほとんどないということになりそうです。しかし、心理学的には子どもにとって重要な存在は、「母親としての役割をはたす人間」であって、その役割を果たせるのは生物学上の母親に限らないと考えられています。子どもは、はじめに親としての役割を果たした人に対して愛着を形成します。したがって、育児を積極的に行ってきた父に対して子が愛着を形成していることは充分にあり得ることです。そこで、最近では生物学上の母親を優先するのではなく、母性的な役割を果たす者との関係を重視すべきであるといわれるようになりました。そのため、「母親優先の原則」ではなく「母性優先の原則」と呼ばれるようになってきました。なお、心理学上、親から子に対する情緒的な結びつきを「絆」といい、子から親に対する情緒的な結びつきを「愛着」と呼ぶようです。
また、「監護の継続性」という基準も重要です。
これは、子にとっては、親と子の精神的な結びつき(絆と愛着)が重要であるから、このような結びつきを断絶させるような監護者の変更はするべきではないという考え方です。したがって、夫婦が別居した後、幼い子が片方の親に継続的に監護されており、親子間に絆と愛着が形成されている場合、そのままの状態を維持するように親権者の指定を行うべきということになります。
ほかにもいくつか指標とされている基準がありますが、乳幼児の親権者指定の問題では、「母性優先の原則」と「監護の継続性」が重要な指標となるのは間違いありません。そこで、父親と母親のどちらが母性的な役割を果たしてきたのか(母性優先の原則)、父親と母親のどちらが子の監護を継続しているのか(監護の継続性)が問題になります。事案によっては、そのいずれもが父親であるということもあり得ます。したがって、「親権の争いでは母親が有利というのは本当か?」という問いに対しては、「母親というだけで有利ということはありません。」とお答えすることになります。ただし、女性の社会進出が進み男性の育児参加が珍しくなくなった現在でも、なお母親が子にとって第一の養育者であることが多いと思います。その場合、やはり母親が継続的に監護を続けていることが多いと思います。そのため、結果的に母親を親権者として指定すべき事案が多くなります。したがって、「母親が親権者として指定されることが多いと思います。」という回答になります。
以上に述べたことは、あくまで一般的な話です。事案の内容は千差万別であって、簡単に結論がでるようなものはほとんどありません。お悩みの際は、家事事件に熱心に取り組んでいる弁護士に相談するのがよいでしょう。親権者の指定は、子どもの人生にとってとても重要な問題です。子どもはまだ自分で自分の人生を選ぶ準備ができていません。そのため、子の利益を第一に考えて親権者を指定しなければなりません。父親は、「親権を争ってもどうせ母親には勝てない。」と早々に親権を放棄すべきではありません。父親も母親も、離婚する前にどちらが子の親権者となるのがよいのか真剣に考えてみるべきです。できれば、夫婦でよく話し合うべきでしょう。
私は、時には父親から相談を受けたり、母親から相談を受けたりします。通常の案件ではいつも依頼者の利益を第一に考えるのですが、離婚事件、特に親権者の指定が関連する場合は、どうしてもお子さんの将来のことを考えてしまいます。依頼者様の意向を尊重するのは当然ですが、お子様たちの幸せに少しでも貢献したいという気持ちで取り組んでいます。